妊娠中は周囲から「運動はやめたほうがいい」とか「旅行は危ないよ」とかなんの根拠もない適当な意見で様々な活動が制限されやすい時期です。
でも、本当に妊娠中の旅行はいけないのでしょうか?
結論から言うと、飛行機を含めて、旅行で使用される一般的な乗り物は特に合併症のない妊娠に対して悪影響はないことが知られています。
一方で、旅行をしている期間、特に機内などでは、緊急の場合に受けられる医療は限定されることから、妊娠中に限らず、一定の医学的リスクがあります。
特に妊娠中は時期によってリスクが変化することから、旅行を計画する際は、時期を含めて慎重に考慮する必要があります。
本記事では、妊娠中の主に飛行機での旅行について、これまでに知られているエビデンス(証拠)に基づいて、リスクと注意点を専門医が解説します。
目次
妊娠中の旅行(飛行機、鉄道、自動車)はいつからいつまで大丈夫なのか、赤ちゃんやお母さんにどういった影響・リスクがあるのか、について専門医が解説します
飛行機内での出産!?
飛行機内での出産は非常に珍しいことですが、年間の飛行機利用者が世界で25億人を超える現状では、確率的にありえないことではありません。
例えばルフトハンザ航空では、2017年に11人目の機内出産があったそうですし、国内でも、2015年に北米-成田線で成田空港に到着した飛行機の機内で出産したことが報道されました。
妊娠中の急変は飛行機に乗っていてもいなくても起こりうるものです。
機内で、出産を含めた妊娠中の合併症があった場合には、準備がない状態での対応となるため、航空会社とともに、他の乗客に大きな迷惑をかけることになります。
そのため、現在妊娠中で、旅行を計画している場合には、妊娠中の旅行における様々なリスクについて知っておくことは非常に重要です。
まずは、旅行するしないにかかわらず、妊娠の時期(週数)によって、一般的にどういったリスクが有るのかについて解説します。
妊娠中の時期(週数)によるリスク
一般に妊娠中は週数によって以下の3つに分けられます
- 第1期(1st trimester):14週0日未満
- 第2期(2nd trimester):14週0日から27週6日
- 第3期(3rd trimester):28週0日以降
第1期は、妊娠初期のため、出血や流産のリスクが高い時期です。流産の80%以上はこの時期に起こります。不正出血はこの時期、全妊娠の30%近い人が経験します。また、この時期はつわり(悪阻)が起こる時期です。
第2期は流産のリスクや出産のリスクが低く、いわゆる「安定期」に相当します。旅行をするのであればこの時期がおすすめです。というよりは、妊娠中、この時期以外は飛行機を含めた長時間拘束される旅行は控えたほうが無難です。
第3期以降は、早産を含めた出産のリスクがあります。特に37週以降は正期産の時期となりますので、いずれかの時期に確実に出産となります。
人生を通して、人体に必ず何か大きな変化が起こるというのは妊娠に特有ですね。
妊娠36週以降は、出産を含め最もイベントが起こる可能性が高い時期のため、航空会社でも搭乗については厳しく制限しています。たとえばANAでは以下のようにホームページに掲載しています。
これによると、出産予定日の28日以内(妊娠36週以降)の搭乗は「医師の診断書」が必要で、予定日の7日以内の搭乗はなんと「医師の同伴」が必要となっています!
まあ、航空会社のリスクを考えるとしょうがないところはありますが、医師の同伴というのは実質的には「乗るな」って言ってるようなもんですよね(まあ、乗るなとは言えませんからねぇ)・・・
上記はANAの場合の条件です。妊娠中の飛行機搭乗の条件は、航空各社によって異なりますので、事前に必ず確認してください。
このように、妊娠中の旅行のリスクは、飛行機や乗り物のリスクと言うよりは、時期により、何かがあったときの場所(対応可能かどうか)が問題となるリスクと言えると思います。
妊娠後に、新婚旅行や結婚式で海外旅行を計画する際には、旅行の時期を十分に慎重に検討することが重要です。
妊娠中の旅行は、旅行の時期が大事!
妊娠中に飛行機に乗ることの安全性は?
妊娠中の旅行は時期が大切なことは理解いただけたと思いますが、それとは別に、妊娠中に飛行機に乗ること自体にはリスクはないのでしょうか?
アメリカ産婦人科学会(ACOG)やイギリス産婦人科学会(RCOG)によると、複数の臨床研究の結果、合併症のない妊婦の頻回でない空の旅はおおむね安全であり、転帰(最終結果)を悪化させないことがわかっているとしています。
このため、ACOGは合併症のない妊婦に対して、空の旅を制限する必要はない、としています。
そう、あくまで悪影響がないということを言っているだけで、産休だからこの機会に好きなだけ旅行しようとか不必要な飛行機旅行を勧めているというわけではありません。
妊娠中ということ自体がリスク因子であるということを十分に自覚した上で、本当に飛行機での移動が必要かどうかを熟慮して決定すべきと考えます。
妊娠中の旅行は、本当に必要かどうかしっかり考えよう!
以下では飛行機に乗る際の注意点をあげてみます。
妊娠中に飛行機に乗る際、注意すること
妊娠中は非妊娠時にはない体調・体質の変化があります。また飛行機に乗ること自体が人体に与える影響も知られています。
飛行機が妊娠という特異な体調の変化に対してどのように影響するかについては、以下のようなリスクが考えられます。
- 深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)のリスク
- 気圧の変化によるリスク
- 搭乗中および搭乗前後の検査での被爆リスク
- 機内での感染症のリスク
これらについて、可能な限りリスクを回避するための注意点を以下に解説します。
①深部静脈血栓症(DVT)のリスクについて
静脈血栓症とは、血管内で血液が固まって、足の血管に詰まったり、最悪肺の血管に詰まって命に関わることもある重篤な状態です。
妊娠中は深部静脈血栓症のリスクが非妊娠時に比べて10倍程度になることが知られています。
エコノミークラス症候群という言葉があるように、飛行機旅行自体が深部静脈血栓症のリスク因子であることから、特に妊娠中は十分な注意が必要です。
対策として、乾燥しやすい機内において、水分を十分に摂取したり、定期的に歩いたりするなどの工夫をすることが大事です。
②気圧の変化によるリスク
機内は一般に低気圧であるため、通常はある程度(海抜2000m程度のレベルまで)加圧されています。
加圧されているとはいえ、軽度の低酸素状態になるため、赤ちゃんへの影響は心配になるかもしれませんが、健康な妊婦であれば心配はないとされています。
ただし、ひどい貧血がある場合には、赤ちゃんに影響が出る可能性があるとされていますので、妊婦健診での貧血がひどい場合や、妊娠前あるいは妊娠中に心血管系の疾患がある場合には飛行機での旅行を控えるべきと思われます。
③搭乗中および搭乗前後検査での被爆リスク
飛行中、上空では地上より紫外線の被爆量が多いと言われています。また搭乗前後に一部X線を使用した検査が行われることがあります。
ただし、飛行中および搭乗前後の被曝量は通常時と比較してもごく少量であり、全く影響はない量と言われています。
そのため被爆リスクについては心配する必要はありません。
④機内での感染症のリスク
飛行機の中は閉鎖空間であるため、感染症が広がるリスクがあります。
ただし、一般に航空機内は空気を外部から一部取り入れており、新鮮な空気はほぼ無菌の状態と考えられますので、通常は感染の心配はないものと思われます。
ただし、妊娠中は非妊娠時に比べて一般に感染に対しては弱い状態(免疫力が低下しているため)にあるため、時期によってはマスクをするなど予防をしたほうがいいかもしれません。
⑤その他の注意点
その他に、
- 機内では胃の圧迫を避けるため、炭酸飲料は控える。
- シートベルトは、腹部を直接圧迫しないように骨盤の位置で締めておく。
などの点に注意が必要と思われます。
妊娠に対する自動車、新幹線等の影響
自動車や新幹線での移動は、飛行機での移動に比べると、リスクが少ないように見えます。特に新幹線については、時間も比較的短いですし、事故のリスクも少ないと思われます。
一方、自動車については、事故のリスクが飛行機や新幹線に比較すると高いことと、時間が長時間になる可能性があることから、静脈血栓症のリスクについては飛行機と同様になる可能性がありますので注意が必要と思われます。
その他、飛行機に乗る際に知っておきたいこと
機内に医療従事者がいる可能性は?
できることに制限があるとはいえ、同じ飛行機内に医療従事者が乗っていれば、何かあった場合に多少は対処が可能な可能性があります。
機内に医療従事者が搭乗している確率は40-70%であり、医師である確率は30-60%にも上るとされています。意外に高確率ですよね?
航空機内で出生した赤ちゃんの国籍は?
航空機内で出生した赤ちゃんは、航空機が所属する国の国籍となる場合と、両親が属する国の国籍になる場合があります。日本人の場合は、両親が日本の国籍ならば日本人となりますのでご安心ください。
ちなみに、2006年に、ボストン発エジプト行きのブリティッシュエアウェイズの機内でエジプト人女性が出産した際には、カナダ上空を通過していたため、児にはカナダ国籍が与えられるという出来事もあったそうです。わけがわかりませんね^^。
妊娠中に旅行を控えるべき状況
ここまで説明してきたとおり、妊娠中は時期やある程度の注意点を守っていれば飛行機旅行もほとんどリスクはありません。
ただし、妊娠中に以下のような合併症や妊娠経過に異常がある場合には、旅行をすべきではありません。
旅行をしてはいけない状態(絶対的禁忌)
- 胎盤早期剥離
- 陣痛発来
- 頸管無力症
- 切迫早産
- 前期破水
- 異所性妊娠の疑い
- 切迫流産、不正性器出血
- 妊娠高血圧症候群
できれば旅行を控えるべき状態(相対禁忌)
- 胎位の異常(逆子など)
- 胎児発育不全
- 不妊の既往
- 流産または異所性妊娠の既往
- 多胎妊娠(双子など)
- 前置胎盤などの胎盤位置異常
なお、上記の診断がされていなくとも、主治医が旅行を控えるべきとした場合には旅行をすべきではありません。
また、旅行前には、異常がないことを妊婦健診で確認してもらう必要があります。
最終的に旅行が可能かどうかは、主治医に確認をしてください。
妊娠中の飛行機を含む旅行についてまとめ
- 妊娠中の旅行は、時期を慎重に考慮する必要があります
- 時期を選べば、合併症のない妊婦の飛行機による旅行自体は安全と考えられています
- 脱水やエコノミークラス症候群を避けるため、注意する必要があります
- 合併症や異常がある場合には、妊娠中の旅行は控えるべきです
結婚式、新婚旅行はいずれも人生のなかである意味一番大きなイベントです。特に妊娠中の旅行については、一定のリスクが有ることを理解の上で、時期を含め慎重に予定を立てることをおすすめします。
本記事が、妊娠中の旅行について迷っている方の参考になりましたらうれしいです^^。ご質問等ありましたらお気軽にお問い合わせからどうぞ!
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